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18世紀のヨガに記録された112のアーサナ『Haṭhābhyāsapaddhati』を読む

2026年10月5日

古いヨガのアーサナというと、どのような姿を想像するでしょうか。

静かに座って瞑想する姿勢。あるいは、蓮華座のような脚を組んだ坐法を思い浮かべる人も多いかもしれません。

ところが、18世紀に成立したと考えられているヨガ文献Haṭhābhyāsapaddhati(ハタービヤーサパッダティ)には、112ものāsana(アーサナ)が記録されています。

しかも、その中には単に姿勢をとって静止するものだけではありません。

  • 身体を繰り返し動かす
  • 前のポーズから次のポーズへ移る
  • 高い筋力や柔軟性を必要とする
  • ロープを使う
  • 動物の動きを思わせる

といった、現代のヨガを知る私たちにも意外に感じられる実践が含まれています。

この文献は、現在のヨガポーズがそのまま18世紀に存在していたことを証明するものではありません。

しかし、近代以前のHaṭhayoga(ハタヨガ)にも、かなり多様で、動きのあるアーサナ実践が存在していたことを示す重要な資料です。

今回は、この112のアーサナがどのようなものだったのかを見ていきます。

Haṭhābhyāsapaddhatiとは何か

Haṭhābhyāsapaddhati(ハタービヤーサパッダティ)は、Haṭhayoga(ハタヨガ)の実践について記したサンスクリット語文献です。

題名は大まかには、

  • haṭha(ハタ):ハタヨガの「ハタ」
  • abhyāsa(アビヤーサ):実践、修習
  • paddhati(パッダティ):方法、手順、体系

という語から成り、「ハタヨガ実践の手引き」のような意味として理解できます。

Jason BirchとMark Singletonの研究では、18世紀、おそらく現在のマハーラーシュトラ地方と関係する環境で成立した文献と考えられています。

2025年にはJames Mallinson、Jason Birch、Mark Singletonによる校訂・翻訳版も刊行され、現存写本をもとに本文を詳しく検討できる環境が整ってきました。

内容はアーサナだけではありません。

yama(ヤマ)、niyama(ニヤマ)、ṣaṭkarma(シャットカルマ/浄化法)、prāṇāyāma(プラーナーヤーマ/呼吸法)、mudrā(ムドラー)など、Haṭhayoga(ハタヨガ)のさまざまな実践が記されています。

その中でも、とりわけ研究者から注目されているのがアーサナの部分です。

なぜ「112のアーサナ」が重要なのか

112という数だけを見ると、「昔からヨガにはたくさんのポーズがあった」という話に見えるかもしれません。

しかし、この文献の面白さは数の多さだけではありません。

15世紀ごろのHaṭhapradīpikā(ハタ・プラディーピカー/一般に『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』)にも複数のアーサナが記されていますが、Haṭhābhyāsapaddhati(ハタービヤーサパッダティ)のアーサナ部分は、それよりはるかに多様です。

112の中には、他のヨガ文献ではあまり確認されない姿勢も多く含まれています。

さらに重要なのは、それぞれが独立した「ポーズ一覧」として並んでいるだけではないことです。

あるアーサナの説明が、その直前の姿勢から始まることがあります。

つまり、

ポーズAを行う → そこからポーズBへ移る → さらにポーズCへ進む

というように、複数のアーサナが連続した実践として構成されていた可能性があります。

BirchとSingletonは、この順序をHaṭhābhyāsapaddhati(ハタービヤーサパッダティ)の大きな特徴のひとつとして指摘しています。

112のアーサナは6つのグループに分かれている

Haṭhābhyāsapaddhati(ハタービヤーサパッダティ)の112アーサナは、大きく6つのグループに整理されています。

範囲 サンスクリット語 おおまかな特徴 数
1〜22 uttāna(ウッターナ) 身体を上向きにした姿勢を中心とするグループ 22
23〜47 nyubja(ニュブジャ) 身体を下向きにした姿勢を中心とするグループ 25
48〜74 sthāna(スターナ) 一か所で行う姿勢を中心とするグループ 27
75〜93 utthāna(ウットハーナ) 立った状態を中心とするグループ 19
94〜103 rajju(ラッジュ) ロープを使用する姿勢 10
104〜112 sūryacandrabhedana(スーリヤ・チャンドラ・ベーダナ) 「太陽と月を貫く」と表現される高度な姿勢群 9

22+25+27+19+10+9で、合計112になります。

現代YogaTownでも「立位」「座位」「仰向け」「うつ伏せ」「バランス」などの分類を使っていますが、Haṭhābhyāsapaddhati(ハタービヤーサパッダティ)の分類は、それとはかなり考え方が違います。

特に「ロープを使う姿勢」が独立した一群を形成していることは、現代の一般的なポーズ分類と比べても特徴的です。

「ポーズ」なのに動いている

この文献を現代の感覚で読むと、特に印象的なのが「動き」です。

現在、「アーサナ」と聞くと、ある身体の形を作って一定時間保持するものをイメージしやすいでしょう。

ところがHaṭhābhyāsapaddhati(ハタービヤーサパッダティ)には、同じ動きを何度も繰り返すものがあります。

前回YogaTownで調べたGajāsana(ガジャーサナ/象のポーズ)もその一例です。

Gajāsana(ガジャーサナ)では、手足を床につけて臀部を高く上げる、現代のダウンドッグに似た身体配置が現れます。

しかし、その姿勢で静止するだけではありません。

身体を動かし、同じ動作を繰り返す実践として説明されています。

このような例から分かるのは、当時のāsana(アーサナ)という言葉が、必ずしも「静止した一つのポーズ」だけを意味していなかったということです。

動物の動きを思わせるアーサナもある

112のアーサナには、動物の名前や動きを思わせるものも複数あります。

たとえば先ほどのGajāsana(ガジャーサナ)のgaja(ガジャ)は「象」を意味します。

ほかにも、動物に由来する名前を持つ姿勢や、動物の動きを模したように見える実践が含まれています。

Haṭhābhyāsapaddhati(ハタービヤーサパッダティ)の再現研究プロジェクトでも、112のアーサナの多くが動物の動きに基づいていることが指摘されています。

現在のヨガにも、犬、猫、コブラ、鳩、鷲など、動物名を持つポーズは数多くあります。

ただし、同じ動物名だから同じポーズとは限りません。

ダウンドッグの記事でも確認したように、昔の「犬」の名を持つポーズと、現代の犬のポーズの身体配置が一致するとは限らないからです。

立った姿勢やダンスのような動きもある

75〜93番は、立った状態を中心とするグループです。

この中には、現代のヨガでイメージする「立位ポーズ」だけでなく、より動きのある実践も含まれています。

たとえばTāṇḍavāsana(ターンダヴァーサナ)と呼ばれる姿勢があります。

tāṇḍava(ターンダヴァ)は、Śiva(シヴァ)の舞踊と関連する言葉です。

Haṭhābhyāsapaddhati(ハタービヤーサパッダティ)では、片脚で立ち、もう一方の脚を上げる実践として記されています。

こうした例を見ると、18世紀のアーサナ文化を、現代の「マットの上でポーズを保持するヨガ」だけから想像するのは難しそうです。

ロープを使う10のアーサナ

さらに特徴的なのが、94〜103番のrajju(ラッジュ/ロープ)を使うグループです。

10種類もの実践が、ロープを使う姿勢としてまとめられています。

中には、かなりの筋力や身体操作を必要とすると考えられるものがあります。

ロープを利用したヨガ自体は近代以前にまったく存在しなかったわけではありませんが、BirchとSingletonは、Haṭhābhyāsapaddhati(ハタービヤーサパッダティ)のロープを使ったアーサナの記述を、近代以前のヨガ文献として特に詳細な例として扱っています。

なぜ、このような実践が生まれたのでしょうか。

研究では、当時のレスリングや武術、身体鍛錬文化との関係も検討されています。

ただし、具体的にどの身体文化からどのアーサナが取り入れられたのかを、一対一で確定できるわけではありません。

ここは「似ているから影響を受けた」と単純に決めないほうがよい部分です。

アーサナの目的は「身体を堅固にする」こと

Haṭhābhyāsapaddhati(ハタービヤーサパッダティ)では、アーサナ実践によって身体が堅固になった後に、次の実践へ進む構成になっています。

そこで使われるのがśārīradārḍhya(シャーリーラ・ダールヂャ/身体の堅固さ、強固さ)という表現です。

これは、この文献のアーサナが単に身体の形を作るだけでなく、身体そのものを鍛える実践として位置づけられていたことを考える手がかりになります。

アーサナの後には、ṣaṭkarma(シャットカルマ/六つの浄化法)などの実践が続きます。

つまり、112のアーサナだけを切り取って「昔のヨガもフィットネスだった」と結論づけるのも適切ではありません。

身体を鍛える要素を含みながら、それがより広いHaṭhayoga(ハタヨガ)の実践体系の中に置かれていた、と考えるほうが資料に忠実でしょう。

19世紀の『Śrītattvanidhi』へ

Haṭhābhyāsapaddhati(ハタービヤーサパッダティ)の歴史を考えるうえで、もう一つ重要な資料があります。

19世紀のマイソール宮殿で編纂されたŚrītattvanidhi(シュリータットヴァニディ)です。

Śrītattvanidhi(シュリータットヴァニディ)には、多数のアーサナが図像とともに収録されています。

研究によれば、そのアーサナ記述の多くはHaṭhābhyāsapaddhati(ハタービヤーサパッダティ)と密接に対応しています。

ただし、重要な違いがあります。

Haṭhābhyāsapaddhati(ハタービヤーサパッダティ)で見られる「順番」が、Śrītattvanidhi(シュリータットヴァニディ)では組み替えられているのです。

そのため、個々の姿勢だけを見ると似ていても、「どの姿勢からどの姿勢へ移るのか」という実践の構造が見えにくくなっています。

これは、古いヨガを研究するときに、ポーズ名やイラストだけではなく、原資料の並び方まで見る必要があることを示しています。

Krishnamacharyaはこの文献を知っていたのか

そして、この文献が現代ヨガ史と接続する可能性が出てくるのが、20世紀です。

現代ヨガに大きな影響を与えたT. Krishnamacharya(T・クリシュナマチャリア)は、マイソール宮殿でヨガを指導していました。

BirchとSingletonは、Krishnamacharyaがマイソール宮殿にあったHaṭhābhyāsapaddhati(ハタービヤーサパッダティ)の内容を知っていた可能性が高いと論じています。

2025年に刊行された校訂・翻訳版でも、この文献が19世紀にマイソール宮殿へ伝わり、Krishnamacharyaの教えを介して近代ヨガに影響した可能性が検討されています。

ここは慎重に区別する必要があります。

Haṭhābhyāsapaddhatiの112アーサナが、そのままKrishnamacharyaのヨガへ受け継がれた、と確認されているわけではありません。

資料へのアクセスや内容上の関係から、「影響した可能性」を研究できるという段階です。

個々の現代ポーズについて直接的な系譜を論じるには、それぞれ別の検証が必要です。

112ポーズは「現代ヨガのポーズ一覧」ではない

ここまで読むと、

現代のヨガポーズは、実は18世紀には全部あったのでは?

と思うかもしれません。

しかし、それも違います。

Haṭhābhyāsapaddhati(ハタービヤーサパッダティ)の112アーサナには、現代のヨガ実践者から見ても似た形を見つけられるものがあります。

一方で、現在では一般的でない姿勢や動きも数多くあります。

さらに、

  • 名前は似ているが身体配置が違う
  • 身体配置は似ているが名前が違う
  • 現代では静止するが、文献では動いている
  • 複数の姿勢が一つの連続動作として扱われている

といった違いもあります。

したがって、112のアーサナを現代のポーズ一覧と単純に一対一対応させることはできません。

YogaTownのポーズDBと比べると何が見えてくる?

ここはYogaTownとして、今後さらに調べてみたいところです。

YogaTownでは現代ヨガのポーズを、立位、座位、仰向け、うつ伏せ、前屈、後屈、ねじり、逆転、バランス、支持点などの属性から分類しています。

一方、Haṭhābhyāsapaddhati(ハタービヤーサパッダティ)は、身体の向きだけでなく、実践の順序やロープの使用などを含んだ別の分類体系を持っています。

そのため、単純に、

「112ポーズのうちYogaTownにも何個あるか」

を数えるだけでは十分ではありません。

むしろ、

  • 身体の形が似ているもの
  • 名前が似ているもの
  • 動作まで似ているもの
  • 現代では別々のポーズとして扱われているもの
  • 現代ではほとんど見られないもの

を分けて比較する必要があります。

この照合作業は、今後YogaTownのPose Databaseを使って取り組む価値がありそうです。

今回分かったこと

資料から確認できること

  • Haṭhābhyāsapaddhati(ハタービヤーサパッダティ)は、18世紀に成立したと考えられるHaṭhayoga(ハタヨガ)の実践書です。
  • アーサナの部分には112の姿勢・実践が記されています。
  • 112のアーサナは6つのグループに分けられています。
  • 静止姿勢だけでなく、反復する動きや連続した実践も含まれています。
  • 10のロープを使用するアーサナがあります。
  • 19世紀のŚrītattvanidhi(シュリータットヴァニディ)には、Haṭhābhyāsapaddhatiと密接に対応するアーサナ記述があります。
  • 研究者は、Krishnamacharyaがこの文献の内容を知っていた可能性を指摘しています。

まだ分からないこと

  • 112の各アーサナが、現代のどのポーズへ直接つながったのかは、一括して判断できません。
  • 近世の身体鍛錬・武術などが個々のアーサナへどの程度影響したのかについては、慎重な検討が必要です。
  • Haṭhābhyāsapaddhatiから現代ヨガへの影響関係も、個々のポーズごとに検証する必要があります。

「昔のヨガ=静かな坐法」だけではなかった

Haṭhābhyāsapaddhati(ハタービヤーサパッダティ)の112アーサナから見えてくるのは、近代以前のヨガの身体実践が、私たちが想像するより多様だったということです。

もちろん、これをそのまま「18世紀には現代ヨガが完成していた」と読むことはできません。

一方で、

動く、繰り返す、立つ、支える、登る、ロープを使う。

そうした身体的な実践が、少なくとも18世紀のHaṭhayoga(ハタヨガ)の資料に記録されていることも確かです。

現代のヨガポーズの歴史を考えるとき、「昔のヨガ」と「現代ヨガ」の間に一本の境界線を引くよりも、その間にどのような実践があり、何が残り、何が変わったのかを一つずつ調べていくほうが、実際の歴史に近づけそうです。

そして、その112の中には、前回調べたダウンドッグによく似た姿勢を含むGajāsana(ガジャーサナ)のように、現代のポーズから次の疑問へ進むための手がかりが数多く残されています。

主な参考資料

  • James Mallinson, Jason Birch & Mark Singleton, A Manual on the Practice of Haṭhayoga: An Edition and Translation of the Pune Manuscript of the Haṭhābhyāsapaddhati, École française d’Extrême-Orient / Institut français de Pondichéry, 2025.
  • Jason Birch & Mark Singleton, “The Yoga of the Haṭhābhyāsapaddhati: Haṭhayoga on the Cusp of Modernity,” Journal of Yoga Studies, Vol. 2, 2019, pp. 3–70. DOI: 10.34000/JoYS.2019.V2.002.
  • Jason Birch & Jacqueline Hargreaves, “Premodern Yogāsanas and Modern Postural Yoga Practice: Distinct Regional Collections of Āsanas on the Eve of Colonialism,” Journal of Yoga Studies, Vol. 4, 2023, pp. 31–82.
  • Haṭha Yoga Project / Haṭhābhyāsapaddhati: A Precursor of Modern Yoga reconstruction project.