JOURNAL
アーサナとは何?「ヨガのポーズ」を意味するまで
2026年9月17日
ヨガをしていると、「アーサナ」という言葉をよく耳にします。
「今日は立位のアーサナを練習します」
「このアーサナでは呼吸を止めないようにしましょう」
現在のヨガでは、アーサナを「ヨガのポーズ」という意味で使っても、ほとんど困ることはありません。
では、昔のヨガでも āsana は、今と同じように「たくさんあるヨガポーズの一つ」を意味していたのでしょうか。
原典やヨガ研究の資料をたどってみると、その答えは少し複雑でした。
「アーサナ=ヨガのポーズ」で本当にいい?
Sanskritの āsana(आसन)は、ヨガだけのために作られた言葉ではありません。
Sanskrit辞書では、「座ること」「座る場所・座席」「姿勢」などの意味が確認できます。ヨガなどで用いる特定の身体姿勢も、その意味の一つです。
そのため、
āsana=ヨガのポーズ
という現在の説明は間違いではありません。
ただし、長い歴史の中で使われてきた āsana の意味を、それだけで説明することもできません。
現在の「ポーズ」という意味に至るまでに、āsanaがヨガの中で果たす役割そのものが変化してきたからです。
『Yoga Sūtra』のāsanaは、現代のポーズ練習とはかなり違う
現代でもよく知られているのが、『Yoga Sūtra』2.46の
sthirasukham āsanam
という言葉です。
しばしば「アーサナとは、安定して快適な姿勢である」と説明される箇所です。
ただし、古典ヨガを研究するPhilipp A. Maasは、この一節だけを独立した定義として読むのではなく、続く2.47と合わせて解釈する必要があると論じています。
細かな解釈には研究上の議論がありますが、少なくともここでのāsanaが、現代のヨガクラスのように多数のポーズを次々と練習する体系を意味しているわけではありません。
Pātañjalayogaśāstraでは、āsanaの後に呼吸を整える prāṇāyāma や、さらに内面的な実践が続きます。
そのため、ここでのāsanaは、呼吸法や瞑想などを続けられるよう身体を安定させる実践としての性格が強かったと考えられています。
一方で、「昔のāsanaは一種類の座禅姿勢だけだった」と考えるのも単純すぎます。
Pātañjalayogaśāstraの関連する注釈部分には、padmāsana、bhadrāsana、vīrāsana、svastikāsana など、複数の姿勢名が挙げられています。
つまり古典ヨガでも「姿勢」は複数ありました。
ただ、それを実践する目的や、ヨガ全体の中で占める位置が現代とはかなり違っていたと考えたほうがよさそうです。
初期のハタヨガも、最初からポーズ中心ではなかった
では、身体的な技法で知られるHaṭhayogaではどうでしょうか。
Haṭhayogaの形成史を調べると、ここでも「最初からたくさんのポーズがあった」という単純な歴史にはなりません。
11世紀頃まで遡る重要資料 Amṛtasiddhi などには、後世のHaṭhayogaにつながる身体的な技法が見られます。しかし、そこでは多数のāsanaを練習することが中心になっているわけではありません。
13世紀前後に位置づけられる Dattātreyayogaśāstra も、初期Haṭhayogaを知る重要な文献ですが、現代のような「ポーズが主役のヨガ」とはかなり違う実践体系を伝えています。
現在確認できる資料からは、āsanaがHaṭhayogaの歴史の中で徐々に存在感を増していったと見るほうが適切です。
『Haṭhapradīpikā』では、15のアーサナが説明される
大きな節目の一つが、15世紀頃に成立したと考えられている『Haṭhapradīpikā』です。
現在進められている批判校訂研究では、Svātmārāmaによって15世紀初頭頃にまとめられた文献と位置づけられています。
ここでは15のāsanaが具体的に説明されています。
āsanaは身体を安定させるだけでなく、健康や身体的な適性にも結びつけて語られています。
古典ヨガに比べると、身体姿勢そのものの存在感がかなり大きくなっています。
ただし、一つ注意したい点があります。
『Haṭhapradīpikā』には、Śivaが84のāsanaを教えたという伝承が記されています。
だからといって、この文献に84種類すべてのポーズが詳細に載っているわけではありません。
伝承として語られる数と、実際に文献で説明されている姿勢の数は分けて考える必要があります。
17〜18世紀には、100を超えるアーサナも現れる
さらに時代を下ると、状況は大きく変わります。
17世紀の Yogacintāmaṇi に関する写本研究では、84を超える多数のāsana名が記録された資料が確認されています。
研究者は、1659年の日付を持つ写本を、現在確認されている範囲で多数のāsana名を記録した早い日付入り資料の一つとして位置づけています。
ここでも、「史上最初」「この年に多数のアーサナが誕生した」という意味ではありません。
Gheraṇḍasaṃhitā では32のāsanaが説明されます。
そして18世紀の Haṭhābhyāsapaddhati になると、112のāsanaが記録されています。
しかも、それらはただ静止して座るものではありません。
反復する動き、連続して行われると考えられる姿勢、ロープを利用する実践なども含まれています。
ここまで来ると、「昔のヨガには座る姿勢しかなく、多数の身体ポーズは20世紀に突然現れた」と説明することはできません。
植民地期以前のインドにも、すでに多様なāsanaの実践が存在していたことが文献から確認できます。
それなら、現代のポーズヨガも昔から同じだった?
それも少し違います。
19世紀末から20世紀にかけて、ヨガは大きな変化を経験します。
研究者Mark Singletonは、インドのヨガと、当時世界的に広がっていた体操、身体文化、健康法などとの相互作用を詳しく検討しています。
20世紀初頭の英語圏向けヨガでは、āsanaがそれほど重視されていない時期もありました。その後、āsanaは急速に現代ヨガの中心へ移っていきます。
1930〜40年代のMysoreでKrishnamacharyaが展開したヨガも、伝統的Haṭhayogaと近代的な身体文化が交わった重要な場所として研究されています。
一方、近年の研究では、18〜19世紀の地域的なāsana実践と、20世紀のヨガ指導者たちとの間に、以前考えられていた以上のつながりがあった可能性も検討されています。
したがって、
- 「現代ヨガのポーズは古代からそのまま伝わった」
- 「現代ヨガのポーズは20世紀に突然発明された」
のどちらか一方だけで説明するのは難しそうです。
長く存在してきたヨガの身体技法が、地域や時代によって変化しながら、近代の身体文化や健康観とも交わって、現在のポーズ中心のヨガへ再編されていった。
現在の研究からは、そのような姿のほうが見えてきます。
では、アーサナとは何なのか
現在ヨガをするとき、
āsana=ヨガのポーズ
と理解して問題になることはほとんどありません。
ただ、その言葉の歴史を少し広く見ると、別の姿が見えてきます。
āsanaは、座ることや座席、姿勢なども表す言葉でした。
古典ヨガでは、身体を安定させ、その後の呼吸や瞑想を支える重要な実践として現れます。
中世のHaṭhayogaでは、身体姿勢そのものが徐々に多様になっていきます。
そして中世後期には、100を超える姿勢を記録する文献まで現れました。
さらに近代になると、それらの身体技法は新しい身体文化や健康観とも結びつき、現在私たちが知る「ポーズ中心のヨガ」へ変化していきます。
つまり、
現在の「アーサナ=ヨガポーズ」という意味は、長い歴史の現在地点を表したもの
と考えると分かりやすいかもしれません。
今回分かったこと
今回確認した原典・学術研究からは、少なくとも次のことが分かります。
- āsanaは歴史上ずっと「ヨガポーズ」だけを意味した言葉ではない
- 古典ヨガでは、現代よりも呼吸法や瞑想を支える身体姿勢としての性格が強い
- Haṭhayogaの歴史の中で、āsanaの種類と身体的多様性が徐々に増えていく
- 17〜18世紀には、多数の複雑なāsanaを記録した文献が存在する
- 現代のポーズ中心のヨガは、こうした前近代の実践を背景に持ちながら、近代に大きく再編された
まだ分からないこと
一方、資料を読めばすべてのポーズの歴史が一直線につながるわけではありません。
たとえば、18世紀の文献に現代と似た姿勢があったとしても、
「その姿勢がそのまま現代まで伝わった」
とは限りません。
同じSanskrit名でも、時代によって姿勢が違う場合があります。
似た形の姿勢が別々に考案された可能性もあります。
そして、実際に行われていても文献には残らなかった実践もあったでしょう。
そのためYogaTownでは今後、個々のポーズについて、
- 名前が同じなのか
- 身体の形が同じなのか
- 実践する目的も同じなのか
- 歴史的なつながりまで確認できるのか
を分けて調べていきます。
アーサナという一つの言葉を調べるだけでも、ヨガの歴史にはまだ多くの問いが残っています。
主な参考資料
- Philipp A. Maas, “Sthirasukham Āsanam: Posture and Performance in Classical Yoga and Beyond”
- Jason Birch, “The Proliferation of Āsana-s in Late-Medieval Yoga Texts”
- Light on Haṭha Project, Critical Edition of the Haṭhapradīpikā
- James Mallinson, Critical Edition of the Dattātreyayogaśāstra
- James Mallinson and Péter-Dániel Szántó, Amṛtasiddhi
- Jason Birch and Mark Singleton, research on the Haṭhābhyāsapaddhati
- James Mallinson, Jason Birch and Mark Singleton, A Manual on the Practice of Haṭhayoga
- Jason Birch and Jacqueline Hargreaves, research on nineteenth-century āsana traditions
- Mark Singleton, Yoga Body: The Origins of Modern Posture Practice
※ 文献の成立年代には研究上の幅がある場合があります。本記事では「最初」「最古」といった表現をできるだけ避け、今回確認できた資料と研究の範囲に基づいて整理しています。また、現代の翻訳・校訂・研究書の文章を転載せず、複数の資料をもとにYogaTown編集部で内容を整理しています。
次に読みたい
- 『Yoga Sūtra』では、āsanaについて実際に何が書かれている?
- 『Haṭhapradīpikā』にはどんなポーズが登場する?
- 18世紀のHaṭhābhyāsapaddhatiに記録された112のアーサナ
- 現代のヨガポーズはいつ生まれた?
- 「84のアーサナ」とは何なのか?
- āsana・mukha・koṇa・pāda――ヨガポーズ名のSanskritを読む
YogaTownでは、ポーズを覚えるだけでなく、その名前や歴史をたどりながら、「次に知りたくなる疑問」を調べていきます。